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横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)19号 判決 1997年8月27日

東京都練馬区高野台四丁目一番一四号

原告

影島寛之

右法定代理人親権者母

影島啓子

右訴訟代理人弁護士

青山正喜

小山晴樹

渡辺実

堀内幸夫

桑原収

神奈川県川崎市高津区久本二六九番一

被告

川崎北税務署長 山下二三夫

右指定代理人

齋藤紀子

関澤節男

加藤正一

池上照代

瀬尾至弘

豊岡清行

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成元年七月二七日付けでした、原告の昭和六一年一月三〇日相続開始に係る相続税についての更正処分のうち、課税価格四五八八万一〇〇〇円、納付すべき税額八一二万八三〇〇円を超える部分及び無申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告に対し、平成元年七月二七日付けでした、原告の昭和六一年一月三〇日相続開始に係る相続税についての更正処分(以下「本件更正処分」という。)のうち、課税価格四五八八万一〇〇〇円、納付すべき税額八一二万八三〇〇円を超える部分及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)について、原告が、本件更正処分には、相続人が取得した財産の価額に架空の貸付金を計上しているなどの違法があり、また、本件賦課決定処分には、法定申告期限内に申告書を提出することができなかったことについて、原告に国税通則法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの、以下「通則法」という。)六六条一項ただし書の適用がないとした違法があるとして、右各処分の取消しを求めたものである。

なお、以下、「相続税法」というときは、昭和六三年法律第一〇九号による改正前のものをいう。

一  争いのない事実

1  影島亀太郎(以下「亀太郎」という。)は、個人で不動産業、飲食業、金融業等を営んでいたが、これを法人化するため、昭和四四年一〇月二八日株式会社影島商事(以下「影島商事」という。)を設立し、自ら代表取締役に就任し、その経営に当たっていたが、昭和六一年一月三〇日死亡し、別紙影島亀太郎の相続関係図記載のとおり、孫である原告と長女である亀川玉枝が相続した(以下、亀川玉枝を「玉枝」といい、玉枝と原告両名を合わせて「本件相続人ら」という。なお、玉枝は、昭和六一年八月七日死亡したため、同女の夫亀川裕司及び長男亀川哲司が相続した。)。

2  原告は、被告に対し、昭和六二年一月二一日、亀太郎の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、課税価格及び納付すべき税額をいずれも零円として申告した。

3  被告は、原告に対し、平成元年七月二七日付けで、課税価格を二億二六〇八万一〇〇〇円、納付すべき税額を一億〇六二七万二六〇〇円とする更正処分(本件更正処分)及びこれに係る無申告加算税を一〇六二万七〇〇〇円とする無申告加算税賦課決定処分(本件賦課決定処分)をした(以下両処分を合わせて「本件各処分」という。)。

4  原告は、本件各処分を不服として、平成元年九月二五日、被告に対し、異議申立てをしたところ、被告は、平成二年二月七日、右異議申立てを棄却する決定をした。

5  原告は、右決定を不服として、平成二年三月六日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、平成四年五月一二日付けで、右審査請求を棄却する裁決をし、右裁決書謄本は、平成四年五月一五日、原告に送達された。

6(一)  別表3Aの順号1ないし3の土地は、亀太郎の遺産であり、本件相続人らが相続により取得した財産に含まれる。また、本件相続人らが相続により取得した財産の価額中、有価証券の額は一九八万九〇〇〇円であり、預金の額は別表4のとおり四五七六万八六七八円であり、預け保証金の額は別表5の順号2のとおり七八万五八〇六円である。

(二)  亀太郎の相続財産から控除すべき債務の額中、未納公租公課は二一万三八九〇円であり、葬式費用は一五九万三八九〇円である。

(三)  本件相続人らの遺産に係る基礎控除額は、二八〇〇万円である。

二  争点

本件の争点は、本件更正処分及び本件賦課決定処分の適否であるが、より具体的には、前者については、本件相続人らが取得した財産に、別表5の順号1の貸付金(以下「本件貸付金債権」という。)及び別表3Aの順号4ないし7の土地(以下「本件各土地」という。)が含まれるかどうか、また、控除すべき債務の額に川崎農業協同組合本店(以下「川崎農協」という。)に対する未払損害金が含まれないかどうかであり、後者については、原告が期限内申告をしなかったことについて、通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるかどうかである。

これらについての双方の主張は以下のとおりである。

1  本件更正処分の適法性について

(一) 本件貸付金債権は相続財産に含まれるか。

(被告の主張)

(1) 影島商事は、昭和四八年から昭和四九年にかけて、東京国税局査察部の調査を受けた。亀太郎は、影島商事の代表者として、右のような査察が行われた直後の昭和四九年一〇月一五日、同社の昭和四八年九月期分の確定申告につき、亀太郎からの借入金が四億三四六二万四五四九円であることを前提として修正申告をし、その後も毎年、亀太郎からの借入金として、約五億五〇〇〇万円ないし約七億円を記載したうえで確定申告をし、昭和六〇年九月期分の確定申告書には、これを五億七三〇五万〇一七一円と記載していた。

そして、亀太郎が死亡した後の昭和六一年九月期分以降は、本件相続人らの一人であった玉枝の相続人である亀川裕司が、影島商事の代表者として、毎年、亀太郎からの酌入金として五億五、六千万円を記載したうえで確定申告をしてきた。また、玉枝の相続人である亀川裕司及び亀川哲司は、本件貸付金債権の存在を認め、これを相続財産に含めて相続税の申告をした。

そもそも、相続財産は、亀太郎死亡時の亀太郎個人の財産であり、原告固有の財産ではないから、被相続人である亀太郎自身が自己の財産と自認していた個人財産が相続財産である。したがって、亀太郎自身が影島商事という自己の経営する会社の確定申告において、自ら会社に対する貸付金のあることを認めていたのであるから、これこそ亀太郎の認める個人資産であると解するのが相当である。しかも、代表者とその経営する法人との金銭貸借については、あえて契約書まで作成しないのが一般的で、元帳等の記帳も毎日きちんとされていない場合が多いものである。そうすると、このような場合、課税の公平の原則から、当該貸付金債権の存在を否認する納税者において、その存在を覆すに足りる反証をすべきである。しかし、本件において、このような反証がされたとは到底いえない。

したがって、本件貸付金債権が存在することは明らかである。

(2) 原告は、本件貸付金債権は存在しないとして、縷々主張するけれども、いずれも今は亡き亀太郎、影島太一郎(原告の父で、その法定代理人である影島啓子の夫、以下「太一郎」という。)、影島商事の顧問税理士の鈴木倍民から聞いている、あるいは聞いていないという、自己に都合のよい伝聞や憶測等を組み合わせたもので、具体的な根拠に基づくものではなく、失当である。もともと、原告及び影島啓子(以下「啓子」という。)は、太一郎と啓子が結婚する前の亀太郎及び影島商事の取引手歩用、経理内容及び蓄財方法はもちろんのこと、その後のことについても、これを知り得る立場にはなかったものである。

亀太郎は、影島商事設立前に、不動産賃貸業、バー、喫茶店、パチンコ、金融業等を多角的に経営し、多額の簿外蓄積をしていたものであり、本件貸付を実行するに足りる十分な原資を有していたから、原告の主張は失当である。

なお、本件更正処分において、被告の担当者が本件貸付金債権の減額を認めたのは、亀太郎に帰属した土地の譲渡代金を太一郎に帰属するものと誤認していたからである。

(原告の主張)

被告は、本件貸付金債権の存在を主張する以上、これを特定表示して主張・立証しなければならない。すなわち、少なくとも、貸付の年月日、金額の主張・立証責任がある。しかるに、被告はこれを何ら主張・立証していないから、本件貸付金債権を認めることはそもそもできないというべきである。

また、実際にも、本件貸付金債権が存在するとはいえない。

亀太郎には、影島商事設立からわずか四年の間に、影島商事に四億円以上もの多額の金員を貸し付けるだけの資金も収入もなかった。また、査察後の昭和四八年九月期の修正申告書(乙第二号証の二)によると、亀太郎は、昭和四七年一〇月一日から昭和四八年九月三〇日までの間に、影島商事に一億一四八二万八九一九円を貸し付けたことになっているが、昭和四七年から死亡する昭和六一年までの亀太郎の所得は、川崎市中原区長作成の市民税・県民税課税額証明書(甲第五号証の一ないし一五)に記載されているとおり、昭和四七年、四八年の所得は計約一〇〇〇万円であるから右のような多額の金額を影島商事に貸し付けることはあり得ない。このことは、査察後の亀太郎の影島商事に対する貸付金についても同様であり、その額は五億円から七億円台で増減しているが、これを裏付ける帳簿等もない上、右のような所得しかなかった亀太郎が、このような多額の金員を影島商事に貸し付けることは不可能であった。

影島商事の法人税申告書及び決算書類は極めていい加減であり、このことからしても、本件貸付金債権が架空のものであり、存在しないことが明らかである。すなわち、査察の結果、提出したという修正申告書にも多くの誤りがあり、査察後の確定申告書には、当時存在したはずの三菱銀行川崎支店からの一億円の借入金が計上されていないし、川崎農協からの借入金として計上された金額も全く実体と合っていない。川崎農協からの亀太郎名義や太一郎名義による借入金は、亀太郎からき借入金として二重に計上されている可能性がある。また、太一郎が死亡する前に提出された確定申告書に記載された借入金の金額は、太一郎が正確につけていた総勘定元帳に記載された金額と全く異なっている。そのほかには、昭和四八年九月期の修正申告書や、昭和五九年九月期及び昭和六一年九月期の決算書には亀太郎の名前だけで金額の記載がないなど、不可能な点が多々なり、その記載内容はおよそ信用できない。また、査察後の影島商事の法人税確定申告書及び決算書を見ると、影島商事は貸倒損失を計上するなどしてほとんど法人税を支払っていないばかりか、亀太郎は不動産売却益に係る譲渡所得税をも免れようとしている。これらのことからしても、本件貸付金債権が存在したとは到底いえない。

本件貸付金債権は、亀太郎と国税庁OB鈴木倍民税理士が相談の上、税務対策として、架空の貸付金に見合う負債とすべく、架空に計上したものにほかならない。

なお、被告は、前記異議決定においては、本件貸付金債権のうち、二億一六一一万一〇〇〇円は、原告と啓子に帰属するとして、亀太郎に帰属する額を、三億五六九三万九一七一円と認定していたものである。

(二) 本件各土地は相続財産に含まれるか。

(被告の主張)

(1) 別表3Aの順号4ないし6の土地は、いずれも亀太郎が影島商事設立前に取得したものであり、亀太郎名義となっており、影島商事の資産として帳簿上計上されることもなかったものであるから、亀太郎の遺産である。原告は、順号6の土地上に影島商事の看板が立っていたことを理由に、これを影島商事の簿外の棚卸資産であると主張するが、仮に土地上に看板を立てるという事実が存在したとしても、亀太郎は個人資産として取得した北海道の土地についてもこれを売却して利益を上げることを前提として購入していたものであり、これを影島商事に売却してもらうため、土地上に影島商事の看板を立てたとしても、何の不思議もなく、これによって直ちにその土地が会社資産であると認めることはできない。なお、原告は、原処分調査時はもとよりのこと、本件更正処分に係る異議申立て及び審査請求の段階においても、右4ないし6の土地は亀太郎の遺産であると積極的に主張していたものである。

(2) 別表3Aの順号7の土地は、昭和五二年一一月一日設立した横浜課程裁判所川崎支部の調停において、これが亀太郎に帰属する旨、亀太郎と原告及び啓子との間で確認されており、亀太郎の遺産である。原告は、右調停においては、太一郎の川崎農協からの借入金債務を亀太郎の債務として亀太郎が返済することとし、その代わりにその返済金の捻出のため、太一郎所有の不動産を亀太郎に預けてその処分を委ねたものであり、その債務の整理がほぼつき、土地は処分する必要がなくなって、太一郎名義のまま残っているものであるから、その所有権は原告及び啓子にあり、亀太郎の遺産ではない旨主張するが、これはいったん調停の場で亀太郎の財産であると認めておきながら、亀太郎が死亡するや太一郎のものであると主張するものであり、失当である。

(3) ところで、相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価するものと規定している。右にいう時価とは、相続開始時における当該財産の客観的な交換価格をいうものと解されているが、客観的な交換価格は必ずしも一義的に確定されるものではなく、かつ、個々の相続財産について、その客観的な交換価格を個別に評価するとすれば、その評価方式、基礎資料の選択の仕方、さらには評価者による判断など等により異なった評価額が生じることが避け難く、また、そのような方式によれば、課税庁の事務負担が増大し、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれもある。そのため、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が納税者間の公平を確保す得るし、納税者にとっても便宜であり、さらに、徴税費用の節減という見地からも合理的であるとの理由から、その具体的な算定については、相続税法に特別の定めのあるものを除き、国税庁長官が各国税局長あてに発した「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(平成三年一二月一八日付け二-四、課資一-六による改正前のもの)、以下「評価通達」という。)及び毎年各国税局長が定める相続税財産評価基準(以下「評価基準」という。)に基づき、各税務署が統一的に行っている。そこで、別表3Aの順号4ないし6の土地の価額については評価通達及び札幌国税局長が定めた昭和六一年分評価基準に基づき、別表3Aの順号7の土地の価額については評価通達及び関東信越国税局長が定めた昭和六一年分評価基準に基づき、それぞれ評価すると、別表3Aの順号4ないし7のとおりとなる。

(原告の主張)

別表3Aの順号4ないし6の土地は、亀太郎名義であり、亀太郎の整然には影島商事の確定申告書に計上されていなかったものの、亀太郎は、順号6の土地上に影島商事の看板を立てるなど、これを影島商事の商品として扱っていたものであるから、右資産は影島商事の簿外の棚卸資産であり、亀太郎の遺産ではない。なお、被告は、右各土地について、当初十分な調査の結果として、影島商事の簿外資産であると認定していたのに、本訴の途中から、これを亀太郎の遺産であると主張するに至った。しかし、既に影島商事は、被告が前にこれらの土地を影島商事の簿外資産と認定したことを受けて、これらの土地について、原告を被告として、持分権移転登記手続請求訴訟を提起し、また、これらの土地のうちの苫小牧市糸井の土地を影島商事の棚卸資産として計上し、被告は、このような確定申告書を、亀太郎の死後約一〇年間にわたり異議を述べずに受領してきたのであるから、被告がこの段階に至って右各土地を亀太郎の遺産であると主張することは、禁反言ないし信義則に違反し、許されない。

また、別表3Aの順号7の土地は、もともと太一郎が所有し、原告及び啓子が相続したものであり、亀太郎の遺産ではない。右土地の所有権が亀太郎に帰属するとの横浜家庭裁判所川崎支部の調停は、太一郎死亡後、原告及び啓子が川崎農協から太一郎に対する貸付金の返済の請求を受け、また、亀太郎及び影島商事も川崎農協から督促を受けていたため、これらの債務を整理することと、乳児(原告)を抱えていた啓子の生活を保護することを目的として申し立てされたものであり、そのために太一郎の川崎農協からの借入金債務を亀太郎の債務として亀太郎が返済することとし、その代わりにその返済金の捻出のため太一郎所有の不動産を亀太郎に預けてその処分を委ねたのである。そして、預けた土地のうち右土地以外の土地の売却により債務がほぼ整理できたため、右土地は処分する必要がなくなり現在に至ったもので、名義も太一郎のまま変わっていない。したがって、その所有権は、太一郎の相続人である原告及び啓子にあり、亀太郎の遺産ではない。

(三) 控除すべき債務の額に、川崎農協に対する未払損害金は含まれないか。

(被告の主張)

査察に基づいて提出された修正申告後の影島商事の昭和四九年九月期ないし昭和五七年九月期に係る法人税の確定申告書における川崎農協からの借入金額(乙第一号証の五ないし一三)と、川崎農協の亀太郎、太一郎及び影島商事に対する貸付金額(甲第一五号証)の合計額がほぼ一致することからすると、川崎農協からの借入れは、借入れ名義のいかんを問わず、すべて影島商事がしたものと認められる。したがって、これらの貸付けに伴う未払損害金の支払義務は、影島商事の債務に属し、亀太郎の債務には属しない。

(原告の主張)

川崎農協からの亀太郎及び太一郎名義の借入れは、いずれも亀太郎の債務であり、未払損害金の支払義務は亀太郎にあるから、これらの借入れに伴う遅延損害金三億八四九二万五〇四九円(甲第一一号証)の支払債務は、亀太郎の遺産から控除すべきである。被告は、確定申告書における川崎農協からの借入金額は、川崎農協の亀太郎、太一郎及び影島商事に対する貸付金額の合計額がほぼ一致すると主張するが、昭和四九年から昭和五二年の九月期は一九二六万円、昭和五二年九月期は三〇五六万円、いずれも確定申告書の金額の方の多いのであり、ほぼ一致しているとはいえない。

(四) 本件更正処分の適法性

(被告の主張)

本件相続により本件相続人らが取得した財産、債務の内容及びその取得価格は、別紙「本件課税処分の根拠(一)」記載のとおりであり、本件更正処分に係る原告の納付すべき相続税額(一億〇六二七万二六〇〇円)は、右により算定された原告の納付すべき相続税額(一億九三一八万〇一〇〇円)の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。

(原告の主張)

被告の右主張のうち、原告が認めるのは前記争いのない事実のとおりであり、その余は否認ないし争う。

原告の主張を前提とすれば、課税価格は四五八八万一〇〇〇円、原告の納付すべき相続税額は八一二万八三〇〇円となり、これを超える本体更正処分は違法であり、取消しを免れない。

2  本件賦課決定処分の適法性(原告が期限内申告書を提出しなかったことにつき通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるかどうか)について

(原告の主張)

太一郎と啓子は、昭和五〇年五月二四日に婚姻し、亀太郎と同居していたが、太一郎は、昭和五一年八月九日、登山中に遭難死した。啓子は、原告の出産のため、昭和五一年一二月実家に戻り、昭和五二年一月二三日原告を出産したが、その後原告も啓子も亀太郎と同居したことはなく、交際もほとんどなかった。このため、啓子は、昭和六一年二月一日に亀太郎の死亡を知り、すぐに相続税の申告等の相続に関する手続の処理に着手したが、亀太郎の資産に関する知識も資料も持ち合わせていなかったため、共同相続人で、亀太郎と同居していた玉枝に対し、相続に関する手続に協力してほしい旨申し出て納得を得たが、その後玉枝は体調が悪化し、夫である亀川裕司が代わってこれを処理することになった。しかし、亀川裕司は啓子と協力して処理することを許否したため、啓子は独力で相続財産の調査を行わざるを得なくなった。その後、啓子は、玉枝の代理人弁護士から、相続財産の調査をしているが、非常に複雑で容易に解明できない状況である旨、また、亀太郎が川崎農協に多額の債務があるので、相続放棄をすることになる可能性があるが、相続関係の書類はできるだけ早期に開示したい旨の連絡を受けた。しかし、相続税の申告書の提出期限内(昭和六一年八月一日)に、相続関係の書類は開示されなかった。

また、啓子は、申告書提出期限内の昭和六一年四月四日に、川崎北税務署の資産税係を訪れ、原告には十分な資料がないので、相続税の申告をしようにもできない事情を説明し、原告のできる範囲で相続財産の調査をした上で、納付すべき税額があることが判明した時は、申告書を提出する旨を申し述べ、資産税係員の了解を得た。しかし、啓子は、懸命な努力にもかかわらず相続財産の調査ができなかったため、期限内に申告書を提出することができなかった。その後も、啓子は、たびたび川崎北税務署資産税係を訪れ、相続税の申告について相談したが、昭和六一年一二月二二日、係員から、仮に納付すべき税額があっても、原告は期限内に申告書を提出することができない事情があったので、原告に対しては、無申告加算税や延滞税は賦課しないが、申告書は提出してほしいと言われ、昭和六二年一月二一日、原告の知る相続財産の範囲で申告書を作成し提出した。そして、啓子は、川崎北税務署資産税係の調査が終了するのを待っていたが、更正処分の約三か月前の平成元年四月二七日、資産税統括官から、本件に関しては相続税はかからない旨の報告を受けていた。

以上のとおり、原告の法定代理人である啓子は、期限内申告書の提出期限内に亀太郎の相続財産の全容を把握することが困難な立場に置かれていた上、所轄税務署の係員から、期限内申告書を提出しないことについての事前の了解を得ていたものであるから、原告には、期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由がある。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

相続税の申告書には、課税価格、相続税額その他の事項を記載しなければならないから(相続税法二七条一項)、適正な相続税の申告のためには、相続財産の全容を正確に把握している必要があり、納税義務者はその把握のために努力すべきことはいうまでもないが、申告後に相続税額に不足を生じたり過大になったりするような事態が判明した場合には、修正申告又は更正請求をすることができるとされている(通則法一九条、二三条、相続税法三一条、三二条)ことからすると、相当な努力を払ったにもかかわらず法定申告期限内に相続財産の全容が把握できない場合には、とりあえず判明している相続財産の範囲内で相続税の申告をすることが禁止されるわけでなく、かえってそのような場合は、判明している範囲で相続税の申告をすることが予定されていると解するのが相当である。そして、このことは、納税者に判明し得た相続財産が相続財産全体のどれくらいの割合を占めるか否かにかかわらず、基本的に妥当するというべきである。

原告は、亀太郎が死亡した昭和六一年一月三〇日のほぼ四か月後の昭和六一年六月一七日には玉枝を相手どって横浜家庭裁判所川崎支部に亀太郎に係る遺産の分割調停を申し立てており、その昭和六一年六月一六日付けの遺産分割調停申立書(乙第一一号証)に、亀太郎に係る遺産として、本件貸付金債権約六億円のほか多数の不動産等を記載しており、その遺産の合計価額が原告の相続税を算定する場合の遺産に係る基礎控除額二八〇〇万円を超えることは容易に推察されたところであるから、原告は、当然のことながら法定申告期限までに相続税の申告ができたはずであり、また、しなければならなかったというべきである。したがって、原告には、法定申告期限内に申告書を提出しなかったことについて、通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるとはいえない。

そして、本件賦課決定処分は、本件更正処分を前提に、通則法六六条一項一号の規定に基づき、一億〇六二七万円に一〇〇分の一〇を乗じて算定したもので、適法である。

第三争点に対する判断

一  争点1(一)について

1  証拠(甲第一六ないし第一八号証、第三七、三八号証、第五一号証、第七六号証、乙第一号証の一ないし二一、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第一〇号証の一、二、第一八号証、第二二ないし第二四号証、第二五号証の一、二、第二六号証の一ないし四、第七八号証の一ないし五、第八四号証、証人鈴木良三、同小松松美の各証言、原告法定代理人影島啓子尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 亀太郎は、戦後、貸金業、不動産業のほか、バー、喫茶店、パチンコ店、寿司店、そば店等の経営を行っていたが、昭和三三、四年ころ、懇意にしていた川崎農協の理事長市川郁を通じて同農協から融資を受けるようになると、次第に貸金業、不動産業に力を注ぐようになった。そして、亀太郎は、昭和三八、九年ころ、川崎農協の非常勤理事に就任して、より融資を受けやすい立場に身を置いてからは、自分の名義だけではなく、知人等の名義を借りて多額の融資を受け、これを元にして、貸金業、不動産業を拡大し、不動産売買を行う者に融資や融資の斡旋をすることによって多額の手数料や分配金を得、さらには借金を返済できない者から担保物件を安く買うなどの方法により貸金を回収し、それを担保にして融資を受け、さらに投資をするという方法で取引を拡大し、多大の利益を上げていた。そして、亀太郎は、これらの事業を会社組織にするため、昭和四四年一〇月二八日、影島商事を設立し、自らが代表取締役に就任した。しかし、亀太郎は、その後も、個人名義で借り入れた資金を会社につぎ込んだり、会社設立以前の個人取引から生じた利益を会社の営業資金につぎ込んだりし、また、不動産を時には個人名義で、時には会社名義で購入したりして、個人財産と会社財産とを明確に区別することをしなかった。

(二) やがて、影島商事は、昭和四八年夏ころ、匿名の者から、多額の貸付金の利息収入があるのに申告していないとして、東京国税局査察部に通報された。このため、東京国税局査察部が内偵調査をしたところ、嫌疑が濃厚となったため、同査察部は、専従の主担五名と、応援者約五〇名を構成し、昭和四八年一〇月初め、査察を開始した。査察官は、まず亀太郎の自宅、会社等に調査に赴き、帳簿類を捜索したところ、亀太郎の自宅二階のベランダのコンクリートの下と洋服ダンスの天井裏に、通帳、手形、定期預金証書等が多数隠匿されているのが発見され、これを押収した。亀太郎は、このほかにも、多数の高価な日本画や刀剣類等を所有していたため、これらも押収された。そして、査察官は、これら押収した書類等を基に、影島商事の昭和四五年九月期ないし昭和四八年九月期の四期分について、亀太郎への質問調査、取引先に対する反面調査、金融機関に対する調査を開始した。このうち、金融機関に対する調査は、川崎農協が主であったが、そのほか三菱銀行川崎支店、太陽神戸銀行川崎支店、中部相互銀行川崎支店、富士銀行自由ケ丘支店、横浜銀行の武蔵小杉支店等に対しても行われ、調査対象期間は一〇年位前までに及んだ。また、取引先に対する反面調査は、影島商事の貸付先である東京ハウジング興産株式会社、その子会社である株式会社ダイヤモンド物産、東京恒産株式会社等に対して行われた。査察官は、このような調査の過程で、亀太郎が取引先から利息、手数料を受け取るに際し、ほとんど領収証を発行せず、一方取引先は影島商事に対する支払利息や販売手数料について仮名等で帳簿上経常していたことが明らかになったため、調査は、まず取引先の現金、預金の入出金、約束手形・小切手の動きを把握し、これと並行して亀太郎が利用していた多数の仮名、実名の預金口座の推移を把握することにより貸付金・借入金等の資産・負債を実額で把握し、それを基に収入金額を確定するという方法で行われた。そして、このような調査は、昭和四九年七月ころまで行われた。

(三) この結果、亀太郎は、東京ハウジング興産株式会社や東京恒産株式会社が川崎農協から借入れをする際に保証人となって謝礼金をもらったり、右借入資金で右東京ハウジング興産株式会社等が不動産取引などでもうけた場合に分配金をもらったりしていることや、影島商事は、四期分のいずれにおいても、多額の利息、謝礼金、分配金等を取得しながら、これを申告しないでいることが判明した。また、亀太郎は、影島商事設立当時、現金、預金、土地及び貸付金等の資金を数億円以上有しており、それらの一部を影島商事に持ち込んでいたため、会社設立時から既に影島商事に簿外の多額の借入金があり、また、会社設立後も個人資産を随時会社に持ち込み、簿外で会社資金として運用していることや、亀太郎には一億数千万円の仮名預金等が存在することも判明した。そこで、査察官は、東京国税局査察部の取調室に、亀太郎と、調査の途中から関与してきた影島商事の顧問税理士鈴木倍民を呼び、昭和四六年九月期及び昭和四八年九月期について調査事績を説明し、調査に基づいた各期の数字を書いた紙のコピーを渡し、その数字に基づいて修正申告するようしょうようしたところ、亀太郎も鈴木税理士もこれを了承した(昭和四五年九月期及び昭和四七年九月期については、収入計上漏れ以上の貸倒損失があり、所得がマイナスになるため、右しょうようの対象にならなかった。)。亀太郎は、影島商事の代表者として、右のしょうように基づき、昭和四九年一〇月一五日、昭和四六年九月期及び昭和四八年九月期の修正申告書を提出し、このうちの昭和四八年九月期の修正申告書(乙第二号証の二)の「利益積立金額の計算に関する明細書」の「社長借入金」欄に、期首現在の金額として三億一八二九万五六三〇円、当期中の借入金額として一億一四八二万八九一九円、当期末の借入金額として四億三三一二万四五五九円と記載した。また、亀太郎は、影島商事の代表者として、昭和四九年一一月二九日提出の昭和四九年九月期の確定申告書(乙第一号証の五)の「借入金及び支払利子の内訳書」の「社長」欄に、六億八一九〇万九〇九〇円と記載した。

(四) 当時、亀太郎の長男であった太一郎は、大学を卒業した後、影島商事を手伝い、取締役にもなっていたが、経営を任されるまでには至っておらず、影島商事は、他に従業員一、二名を使用していたが、亀太郎が一人で経営を取り仕切っていた。その後、太一郎は、昭和五一年八月九日、登山中に遭難死した。亀太郎は、太一郎死亡後事業意欲をなくし、影島商事の経営規模は縮小の一途をたどったが、亀太郎は、その後も昭和六一年一月三〇日に死亡するまで、影島商事の代表者の地位にとどまり、昭和四九年から昭和六〇年まで、毎年、前記社長借入金を約五億五〇〇〇万円ないし約七億円と記載して確定申告をし、昭和六〇年九月期の確定申告書にはこれを五億七三〇五万〇一七一円と記載した。また、亀太郎死亡後は、本件相続人らの一人であった玉枝の相続人である亀川裕司が、影島商事の代表者として、毎年、右社長借入金を五億五、六千万円と記載したうえで確定申告をした。影島商事の昭和四五年九月期以降の確定申告書上の借入金残高の推移は別表(1)のとおりである。

(五) なお、玉枝の相続人である亀川裕司及び亀川哲司は、当初、債務超過で相続税はかからないと考えていたが、被告担当係官の指導に従って、平成元年七月二七日に至り、相続税の申告をした。その際、同人らは、不満はあったものの、結局、本件貸付金債権の存在を認め、これを相続財産に含めた相続税の申告をした(もっとも、金額は減額されている。)。

以上のとおり認められ、甲第一六号証、第三七、三八号証の記載及び原告法定代理人影島啓子本人の供述中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく採用することができない。

右認定の事実によれば、本件貸付金債権は、社長借入金として、昭和四八年九月期の修正告書に四億三三一二万四五五九円と、また、昭和四九年九月期の確定申告書に六億八一九〇万九〇九〇円と計上されたことにさかのぼるが、このうち昭和四八年九月期の修正申告は、影島商事が簿外の多数の取引を隠蔽するなどして不当に税を免れてきたことにより、昭和四八年一〇月以降東京国税局査察部の査察を受け、その査察が終了した時点で、右査察結果に基づき、査察官からしょうようされてしたものであり、これとほぼ時期を同じくしてされた昭和四九年九月期の修正申告も、右のような査察結果を踏まえたものであると推認されること、また、亀太郎は、影島商事設立前に既に数億円にも上る現金、預金、不動産及び貸付金等を有していたものであり、個人と会社を峻別しないまま、それらの資産を影島商事のために処分したり、あるいは影島商事の運転資金として利用したりしていたものが、査察の結果、亀太郎の影島商事に対する四億円余の貸付金として処理されることになったと考えられること、東京国税局査察部の査察は、亀太郎本人はもとより、金融機関や影島商事及び亀太郎の取引関係者等に対しても行われ、その期間も九か月の長きにわたっていることなどからして、前記の昭和四八年九月期の修正告書及び昭和四九年九月期の確定申告書に記載された社長借入金の記載は信用に値し、その記載内容どおりの社長借入金が存在したものと認めるのが相当である。そして、この社長借入金は、その後影島商事の経営が衰退し、亀太郎が自ら所有する不動産を売却し、会社の借入金を返済するなどしていく中で、増減を繰り返して、結局亀太郎が死亡するまで残存したものというべきである。

2  原告は、本件貸付金債権は存在しないとして、縷々主張するので、以下判断する。

まず、原告は、被告は本件貸付金債権の存在を主張する以上、これを特定表示して主張・立証しなければならないと主張する。しかし、本件のように、代表者とその者の経営する同族会社との金銭消費貸借においては、必ずしも契約書までは作成しないのが一般的であると考えられ、しかも、同族会社がその法人税確定申告書においてこれを借入金として計上しているような場合、それにもかかわらず、債権の内容を特定表示してこれを主張・立証しなければ課税することができないとすることは、通常、金銭消費貸借契約書等の書類が残されている第三者間における貸付金債権等を相続する者との比較においても公平を失し、相当ではないというべきである。したがって、このような場合は、全体としてその存在が認められれば、これを個々に特定表示することができない場合であっても、債権の存在を認めることができるものというべきである。

次に、原告は、亀太郎には、影島商事設立から僅か四年の間に、影島商事に四億円以上もの多額の金員を貸し付けるだけの資金も収入もなかったと主張する。しかし、前述したとおり、亀太郎は、相当の隠し資産を有していたのであり、甲第五号証の一ないし一五の収入金額の記載は、必ずしも真実を反映したものとはいえないから、原告の主張は採用することができない。

また、原告は、影島商事の決算書類等には、真実とはいえない記載があるとして、まず、三菱銀行川崎支店からの一億円の借入金が査察後の確定申告書に計上されていないと主張する。しかし、影島商事が三菱銀行川崎支店から一億円の借入れをしたことを示す直接の証拠はないし、原告の指摘する中第三号証、第七号証によっても、昭和四七年一一月の欄に「手形貸付一〇〇百万円許容」「商手貸付一二〇百万円許容」と記載されているのみであり、同年同月に一億円を貸し付けた、あるいは同年同月現在の貸付残高が一億円であるとの記載になっていない。もっとも、右甲各号証には、四九年一〇月の欄に「手貸一部六五百万円返済」「手貸一部(六五百万円)回収、残三五百万円」との記載があるから、その直前の同年九月には、一億円の借入金があったものと一応推認される。

右によれば、確かに査察後の確定申告書の記載は、正確を欠くものであるが、それは、直ちに本件貸付金債権の存在を否定するものではない。原告は、影島商事の確定申告書に記載された川崎農協からの借入金と、川崎農協の回答にかかる影島商事の債務(甲第一五号証)とは全く一致しないと主張するが、後記認定のとおり、亀太郎は、影島商事の資金として、亀太郎や太一郎名義でも川崎農協から借入れしていたものと認められることからすると、右の主張は直ちに採用することができない。なお、右借入金がさらに亀太郎からの借入金として二重に計上されていたとの点についても、後記判示のとおり、これを認めることはできない。また、原告は、太一郎が死亡前に正確につけていた総勘定元帳と、同時期の確定申告書に記載された借入金の金額とが全く異なっていると主張する。しかし、太一郎がつけていたという総勘定元帳(甲第四六号証の一、同二の一ないし五)は、総勘定元帳であるならば、企業の事業年度開始日には事業年度開始のための記入がされ、事業年度末には決算書等の作成のための記入がされるはずなのに、これにはそのような記載が全くなく、このことだけからしても、それが総勘定元帳に値する正しい内容のものということはできないものといわなければならない。そのほか、原告は、昭和四八年九月期の修正申告書や、昭和五九年九月期及び昭和六一年九月期の決算書には誤りや不可解な点が多々あり、その記載内容は信用できないと主張する。確かに、これらの書類の中には誤記ないし明らかな誤りと思われるような記載もあるけれども、全体として、その信用性を疑わせるような不可解ないしは不自然な記載までは窺われないから、原告の主張は採用することができない。

さらに、原告は、査察後の影島商事の法人税申告書及び決算書を見ると、ほとんど法人税を支払っていないばかりか、亀太郎は不動産売却益に係る譲渡所得税をも免れようとしていることが窺われるから、影島商事の法人税申告書及び決算書に記載されている内容は信用できず、したがって、本件貸付金債権も存在したとはいえないと主張する。そして、証拠(乙第一号証の五、九、一四、一六)によれば、査察直後に、影島商事が被告に提出した昭和四九年九月期の確定申告書には、一億三一五七万五四二九円の繰越欠損金が計上されているほか、その後の申告書においても、たびたび多額の貸倒損失金が計上されているが、前記認定のように、亀太郎は、太一郎が昭和五一年八月九日に死亡してからは事業意欲をなくし、影島商事の事業は縮小の一途をたどっていったこと、影島商事のような事業においては、貸倒損失金が生ずるのは通常のことともいえ、これらの欠損金等の計上自体に格別不審な点は窺われないことからすると、影島商事が翌事業年度以降所得を算出せず、ほとんど法人税を支払わなくなったとしても、必ずしも不自然とはいえない。また、仮に亀太郎が同人所有の土地を影島商事所有のものとして売却し、不動産売却益に係る譲渡所得税を免れようとしている事実があるとしても、そのことから、直ちに本件貸付金債権が存在しないとすることはできない。

原告は、本件貸付金債権は、税務対策上、架空の貸付金に見合う負債として計上された架空のものにほかならないとも主張する。そして、証人鈴木良三は、査察後の確定申告書(乙第一号証の五)に記載された影島商事の東京興産株式会社に対する貸付金三億四七三四万八七〇〇円は、東京国税局の査察があった当時、亀太郎と鈴木倍民から頼まれて、借りたことにしたもので、架空のものである、その後、昭和五三年九月二五日付けで、影島商事がこの債権を放棄する旨の合意(甲第一九号証)をして、この件を処理した旨の供述をする。

しかし、そもそも、何故、右会社に対する架空の貸付金を計上する必要があったのか、判然としないばかりか、前記認定の事実に加え、乙第一〇号証の二、証人鈴木良三の証言、弁論の全趣旨によれば、影島商事は、東京興産株式会社と共同で不動産を購入したり等する際、同社に何回も多額の金員を貸し付けていること、同社が川崎農協等の金融機関から、他社振出の手形(融手)を担保に、影島商事の名前で借入れすることを許しており、この手形は何回も切り替えられているが、その金額は合計で三億円を超えていることが認められることからすると、影島商事が東京興産株式会社に対し前述の貸付金債権を有していたとしても不自然とはいえず、証人鈴木良三の前記供述は、にわかに採用することができない。

しかも、前記認定のとおり、右確定申告書への貸付金の計上が査察による修正申告の直後のものであることをも考慮すると、この時期あえて架空の貸付金を計上していたとはにわかに認め難く、原告の主張は理由がない。

以上によれば、原告の主張はいずれも採用することができない。

3  なお、本件貸付金債権に回収可能性がなければ、相続財産に含まれるとはいえないので、この点についても一応検討する。相続税法二二条が、相続により取得した財産の価額は、当該財産を取得したときの時価による旨規定していることからすると、相続財産である貸付金債権の回収が不能で相続税の課税対象とすべきか否かの判断時期は、通常は相続が発生した時であると会されるから、本件貸付金債権の回収が不能で相続税の課税対象とすべきか否かを判断する時期は、亀太郎が死亡した昭和六一年一月三〇日の時点というべきである。そこで、影島商事の昭和六一年一月三〇日の資産状況等から、本件貸付金債権が事実上回収が可能であったか否かについて検討するに、証拠(乙第一号証の一ないし一七、第一〇号証の一、二、第八二号証、第八五号証、第八六号証の一ないし三、第八七号証の一、二、第八八ないし第九七号証、第九八号証の一、二、第九九、一〇〇号証、弁論の全趣旨)によれば、当時の影島商事の資産は不動産が主であり、その内訳は別表<1>のとおりであること、そして、これらの不動産の昭和六一年一月三〇日現在の時価は、一応以下のとおりであると認められる。

(一) 原告が、別件訴訟において、川崎市新丸子東二-八八六-二の宅地一四八・七六平方メートル(影島ビルの敷地)について、昭和六一年一〇月一日現在の時価を二億七八二〇万円とする鑑定書を提出していることから、この鑑定結果を基に、昭和六一年一月三〇日現在のものとして時点修正(修正割合〇・七)し、かつ、影島ビルが貸付用であることを考慮し、これを貸家建付値に修正(修正割合〇・七九)して算定すると、別表<2>の順号3のとおりとなる。

(二) 影島ビル近郊に所在する土地の価額は、影島ビルの敷地の路線価を基に算定した相続税評価額に対する前記鑑定額の比率(相続税評価額の六・八五倍)を算定し、右比率を影島ビル近郊に所在する土地の相続税評価額に乗じて算定すると、別表<2>の順号1、2、4ないし9のとおりとなる。

(三) 北海道の土地については、相続税評価額により価額を算定すると、別表<3>の順号1ないし6のとおりとなる。

(四) 建物については、このうちの影島ビルの価額は、前記鑑定書において、その敷地とともに鑑定されているので、右の鑑定額を基に、右建物が貸し付けられていることを考慮し、貸家としての補正(修正率〇・七)を行い、それ以外の建物は、相続税評価額により価額を算定すると、別表<3>の順号7ないし11のとおりとなる。

以上によれば、影島商事の不動産は、その一部について、昭和六一年当時における時価を大幅に下回っていると認められる相続税評価額で算定しても、その価額は合計約一〇億五二〇〇万円になる。そうすると、影島商事は、亀太郎の死亡日現在において、不動産だけでも、本件貸付金債権を含む影島商事の全負債額約九億五〇〇〇万円(影島商事の昭和六〇年九月末現在の負債額、乙第一号証の一六)を上回る資産を有していたものといえる。したがって、本件貸付金債権は、にわかに相続開始当時において回収不可能であったとはいえない。

二  争点1(二)について

1  まず、別表3Aの順号4ないし6の土地の帰属についてみるに、証拠(乙第六、七号証、第八号証の一ないし四、第一〇号証の一、二、第八二号証、弁論の全趣旨)によれば、別表3Aの順号4ないし6の土地は、いずれも亀太郎が影島商事設立前に取得したもので、亀太郎名義とされ、影島商事はこれを会社の資産として帳簿に計上することもなかったことが認められるから、これらの土地は、亀太郎の遺産であると認めるのが相当である。原告は、これらの土地のうち、順号6の土地について、亀太郎が右土地上に影島商事の看板を立てるなどして、これを影島商事の商品として扱っていたとして、右土地は影島商事の簿外の棚卸資産であり、亀太郎の遺産ではないと主張するが、仮にそのような事実があったとしても、亀太郎としては、個人資産として取得した土地を自己の経営する影島商事名で売却し、売却先が見つかった時点でその所有権を影島商事に移転することを考えていたともいえるから、亀太郎が自己の所有地に影島商事の看板を立てていたからといって、この土地が影島商事の土地であると認めることはできない。

なお、原告は、被告が右各土地について当初影島商事の簿外資産であると認定していたのに、本訴の途中からこれを亀太郎の遺産であると主張するに至ったのは、右認定に従って、影島商事が原告に対し訴訟を提起し、あるいは一部の土地について会社の棚卸資産として計上したことを覆すものであり、禁反言ないし信義則に違反し、許されないと主張する。しかし、本件のような課税処分の取消訴訟において、課税庁である被告は、本来、処分時の認定理由に拘束されることなく、その後新たに発見した所得をも含めて処分時に存在した所得のすべてを課税根拠として主張できるのであって、このような課税庁の当初の主張に従い、関係者が訴訟を提起し、あるいは財産を棚卸資産に計上するなどの事実関係が積み重ねられたからといって、それ自体は課税庁の預かり知らないことであり、また、被告が亀太郎の死後、約一〇年間にわたりこのような影島商事の確定申告書を受領してきたとしても、これらのことだけから、後に被告がその主張を変更することが禁反言ないしは信義則に違反することになるとはいえない(なお、乙第一五号証によれば、原告は、本件更正処分に係る異議申立て及び審査請求の段階において、右各土地は亀太郎の遺産であると主張していたことが認められる。)。したがって、この点に関する原告の主張は失当である。

2  次に、別表3Aの順号7の土地の帰属についてみるに、証拠(乙第九号証、原告法定代理人影島商事尋問の結果)によれば、原告及びその母啓子は、太一郎が死亡した翌年の昭和五二年、亀太郎を相手方として、横浜家庭裁判所川崎支部に親族関係円満調整の調停を申し立てたこと、そして、同事件において、同年一〇月一一日、当事者間に、

(一) 当事者は、調停調書別紙物件目録及び別紙負債目録記載の太一郎名義の不動産及び債務は、亀太郎が太一郎名義を借用したものであり、実体上は亀太郎に帰属することを確認する(1項)。

(二) 川崎農協が、太一郎の死亡により啓子に対して有する死亡共済金一〇〇〇万円の支払債務と、亀太郎に対して有する請求債権とを対当額で相殺したことから、亀太郎は、啓子に対し、一〇〇〇万円を支払う(2項)。

(三) 亀太郎は、原告及び啓子に対し、原告が成人に達する月まで、両名の生活費及び養育費として、一〇〇〇万円を支払う(3項)。

(四) 亀太郎は、啓子から、昭和五三年二月末日限り、調停調書別紙物件目録1記載の不動産の所有権移転登記に必要な原告及び啓子の委任状、印鑑証明書の引渡しを受けるのと引換えに、右(二)の内金五〇〇万円を支払う(4項(1))。

(五) 亀太郎は、昭和五三年八月末日限り、調停調書別紙物件目録2ないし8記載の不動産の所有権移転登記に必要な原告及び啓子の委任状、印鑑証明書の引渡しを受けるのと引換えに、右(二)の残金五〇〇万円及び右(三)の一〇〇〇万円を支払う(4項(2))。

(六) 亀太郎が右(四)(五)の支払を期限内に了したときは、啓子はすみやかに小倉姓に改氏する(8項)。

などとの調停が成立したこと、右調停調書別紙物件目録4ないし8記載の土地は、別表3Aの順号7の土地に該当すること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、別表3Aの順号7の土地は、右調停において、実体上亀太郎の不動産であることが確認され、格別それに条件等も付されなかったのであるから、確定的に亀太郎の所有とされたものであり、亀太郎の遺産であると認めるの相当である。

原告は、右調停においては、太一郎の川崎農協からの借入金債務を亀太郎の債務として亀太郎が返済することとし、その代わりに、その返済金の捻出のため太一郎所有の不動産を亀太郎に預けてその処分を委ねたものであり、その債務がほぼ整理でき、土地は処分する必要がなくなり、名義も太一郎のまま変わっていないから、その所有権は太一郎の相続人である原告及び啓子にあり、亀太郎の遺産ではない旨主張する。しかし、原告の主張するような趣旨で調停が成立したというのであれば、調停条項にその趣旨が記載されているはずであるのに、前記認定のとおり、本件調停調書にはその旨の記載がないし、そのような合意が存在したことを窺わせる証拠もない。もっとも、前記調停条項4項(1)(2)は、亀太郎が調停調書別紙物件目録1ないし8記載の不動産を他に処分にすることによって、原告及び啓子に対する合計二〇〇〇万円の債務を支払う内容になっており、不動産の処分と金員の支払とが関連付けられているが、これとてそれ以上の定めはないのであり、そのことから、原告の主張するように、土地を処分せずに債務の支払をすることができた場合は、土地を亀太郎に返すという趣旨のものであるとまで解することはできない。したがって、別表3Aの順号7の土地が原告及び啓子の所有であり、亀太郎の遺産ではないとする原告の主張は採用することができない。

3  ところで、相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価すると規定しているが、右にいう時価とは、相続開始時における当該財産の客観的な交換価格をいうものと解すべきである。そして、これについての具体的な算定方法については、画一性等の要求から、相続税法に特別の定めのあるものを除き、国税庁長官が各国税局長あてに発した評価通達及び毎年各国税局長が定める評価基準によるものとするのが相当である。そこで、別表3Aの順号4ないし6の土地の価額については評価通達(乙第六五号証)及び札幌国税局長が定めた昭和六一年分評価基準(乙第六六号証)に基づき、また、別表3Aの順号7の土地の価額については右評価通達及び関東信越国税局長が定めた昭和六一年分評価基準(乙第六七号証)に基づき、それぞれその相続開始時(昭和六一年一月三〇日)の時価を乙第六八、六九号証、第七九号証に従い算定すると、別表3Bのとおりになる。

三  争点1(三)について

証拠(甲第一五号証、乙第一号証の五ないし一三)によれば、影島商事の昭和四九年九月期末ないし昭和五八年九月期末の法人税の確定申告書記載の川崎農協からの借入金額と川崎農協が回答した亀太郎、太一郎及び影島商事に対する貸付金の合計額は、次のとおりであることが認められる。

(確定申告書) (川崎農協からの回答書)

昭和四九年九月期末 四億七四二六万円 四億五五〇〇万円

昭和五〇年九月期末 五億四二二六万円 五億二三〇〇万円

昭和五一年九月期末 五億四二二六万円 五億二三〇〇万円

昭和五二年九月期末 五億四二二六万円 五億一一七〇万円

昭和五三年九月期末 二億九四三八万二八〇〇円 二億九四三八万二八〇〇円

昭和五四年九月期末 一億九七〇七万三三二〇円 一億九七〇七万三三二〇円

昭和五五年九月期末 一億九三四七万三三二〇円 一億九三四七万三三二〇円

昭和五六年九月期末 一億八四七三万〇五二〇円 一億八〇四七万三三二〇円

昭和五七年九月期末 一億八四七三万〇五二〇円 一億八〇四七万三三二〇円

昭和五八年九月期末 〇円 〇円

右事実によれば、両者の金額(いずれも元本額)は、昭和四九年ないし五二年にかけては多少の違いがあるにしても、昭和五三年以降は全く一致するか、ほぼ一致していることや弁論の全趣旨によれば、これらの借入金は影島商事の営業資金として、不動産の購入等に使用されたものと認められることからすると、川崎農協からの借入れは、亀太郎名義によるものも、また、太一郎名義によるものも、実質は影島商事による借入れであると認めるのが相当である。したがって、これらの借入れに伴う未払損害金の支払義務は、影島商事の債務に属し、亀太郎の債務には属しないものというべきである。

原告は、影島商事が川崎農協からの亀太郎及び太一郎名義の借入金を、同農協からの借入金として計上するとともに、亀太郎からの借入金としても計上した可能性があると主張するが、そうであれば、その反対勘定として二重計上分に見合う架空の資産を計上しなければならないところ、本件において、右のような処理をしたと認めるに足りる証拠はない。したがって、亀太郎からの借入金は、川崎農協の亀太郎及び太一郎名義の借入金を二重に計上したものではなく、これとは関係のない原資を基として、行われたものといわなければならない。

なお、亀太郎が川崎農協から亀太郎及び太一郎名義で借り入れ、それを影島商事に転貸した可能性もなくはないが、転貸した場合の影島商事に対する貸主は亀太郎となるから、転貸した分だけ影島商事の川崎農協からの借入金額が減少することになるが、前記認定のとおり、影島商事の川崎農協からの借入金額は、川崎農協からき回答書(甲第一五号証)に記載されている亀太郎、太一郎及び影島商事名義の貸付金の合計金額にほぼ一致しており、影島商事が右のような経理処理をしていないことは明らかであるから、右のような転貸の事実も認められないというべきである。

四  争点1(四)について

以上によれば、本件相続により本件相続人らが取得した財産、債務の内容及びその取得価格は、別表3Aの順号7の土地の価額を別表3Bの順号7、8のとおり(その明細は、別表6Bのとおり)変更する関係で、別表1Aを別表1Bと、別表2Aを別表2Bと変更するなど、別紙「本件課税処分の根拠(二)」記載のとおりであり、本件更正処分に係る原告の納付すべき相続税額(一億〇六二七万二六〇〇円)は、右により算定された原告の納付すべき相続税額(一億九〇五一万八〇〇〇円)の範囲内であるから、本件更正処分は適法というべきである。

五  争点2について

原告は、法定代理人の啓子が亀太郎の相続財産の全容を把握することは、その内容が複雑多岐にわたっていることや、これについて玉枝等他の共同相続人の協力が得られなかったことなどから、極めて困難であったものであり、しかも、本件においては、啓子は、川崎北税務署資産税係の係員から、期限内申告書を提出しないことについて事前の了解を得ていたという事情もあったとして、原告が法定期限内に相続税の確定申告書を提出しなかったことについては、通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があると主張する。

確かに、相続税の申告書には課税価格、相続税額その他の事項を記載しなければならないとされているから(相続税法二七条一項)、適正な相続税の申告のためには、相続財産の全容を把握していることが不可欠である。しかし、相続税法は、相続又は遺贈等により財産を取得した者で、被相続人からこれらの事由により財産を取得したすべての者に係る相続税の課税価格の合計額が遺産に係る基礎控除額を超え、その者に係る相続税の課税価格に対応する算出税額から未青年者控除等の各種の税額控除をしてなお納付すべき相続税額がある者は、相続のあったことを知った日の翌日から六か月以内に、相続税の申告書を提出しなければならないと定め(同法二七条)、相続人が遺産の全容を把握するまで提出義務は発生しないとか、全容が把握できない場合に提出義務を免除する等の例外既定を置いていないから、単に相続財産の全容を把握することができなかったという主観的な事情をもって、この申告書提出義務を免れることはできないものといわなければならない。したがって、このような観点からすれば、期限内申告書の提出がなかった場合であっても、正当な理由があると認められるのは、平均的な通常の納税者を基準として、当該状況下において、納税者が法定申告期限内に相続税を申告することが期待できない真にやむを得ない事情のある場合にかぎられると解するのが相当である。

そこで、これを本件についてみるに、亀太郎の相続財産が複雑多岐をきわめ、その全容を把握することは必ずしも容易でないことは、原告の指摘するとおりである。しかし、証拠(乙第一一号証)によれば、原告は、亀太郎が死亡した約四か月後の昭和六一年六月一七日、亀太郎の遺産となるべき財産の範囲が判然とせず、また、遺産分割の方法も定まらず、当事者間で協議が整わないとして、代理人弁護士二名をつけて、玉枝を相手方として横浜家庭裁判所川崎支部に亀太郎に係る遺産の分割調停を申し立てており、その同月一六日付けの遺産分割調停申立書の遺産目録において、亀太郎に係る遺産として、土地(六七筆)、建物(二棟)、預金九七七万五二七三円、影島商事に対する貸付金約六億円、負債約一億九〇〇〇万円(川崎農協に対し)と記載していることが認められる。そうすると、少なくともその時点で、遺産の合計額が原告の相続税を算定する場合の遺産に係る基礎控除額二八〇〇万円を超えると判断できたはずであり、右のように把握した相続財産の範囲内で相続税の申告をすることも可能であったというべきであるから、これをせずに、他の共同相続人の協力が得られないため相続財産の全容が把握できないとして、法定申告期限を徒過した原告には、通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるものとはいえないというべきである。

また、原告は、啓子が川崎北税務署資産税係の係員から、期限内申告書を提出しないことについて事前の了解を得ていたとして、このような事情も右にいう正当な理由に当たるものと主張するが、甲第一六号証によってもこれを認めるに至らず、他に啓子が法定申告期限内に税務署の職員から右のようなことを言われたと認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は前提を欠き、失当といわなければならない。

したがって、本件更正処分を前提とする本件賦課決定処分は適法である。

六  結論

そうすると、本件各処分は適法であって、これらに原告の主張するような違法があるとはいえず、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 近藤壽邦 裁判官 近藤裕之)

別紙

影島亀太郎の相続関係図

<省略>

(別紙)

本件課税処分の根拠(一)

1 本件相続人らの課税価格の合計額(別表1Aの順号10の「本件相続人らの合計額欄の金額) 七億〇五八八万六〇〇〇円

右金額は、次の(一)記載の金額から、次の(二)記載の金額を控除した後の金額(ただし、通則法一一八条一項の規定により、本件相続人ら別に課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の合計額)である。

(一) 相続により取得した財産の価額(別表1Aの順号5の「本件相続人らの合計額欄の金額) 七億〇七六九万四二九四円

右金額は、本件相続人らが相続により取得した財産の総額であり、その内訳は次のとおりである。

(1) 土地及び土地の上に存する権利の価額(別表1Aの順号1の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 八六一〇万〇六三九円

右金額の内訳は別表3Aのとおりであり、このうち同表の順号1ないし3の金額は原告の期限後申告額と同額であり、順号4ないし7の金額の明細は、別表6Aのとおりである。

(2) 有価証券の価額(別表1Aの順号2の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 一九八万九〇〇〇円

右金額は、亀太郎が川崎農協に出資した出資金の価額であり、原告の期限後申告額と同額である。

(3) 預金の額(別表1Aの順号3の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 四五七六万八六七八円

右金額の内訳は別表4のとおりであり、このうち同表の順号1の金額は原告の期限後申告額と同額である。

(4) その他の財産の価額(別表1Aの順号4の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 五億七三八三万五九七七円

右金額の内訳は別表5のとおりである。

(二) 控除すべき債務の額(別表1Aの順号8の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 一八〇万七七八〇円

右金額は、相続税法一三条の規定に基づき、本件相続人らが相続により取得した財産の価額の合計額から控除すべき債務の合計額であり、その内訳は次のとおりである。

(1) 未納公租高価(別表1Aの順号6の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 二一万三八九〇円

右金額は、亀太郎が川崎市中原区役所に支払うべき固定資産税額である。

(2) 葬式費用(別表1Aの順号7の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 一五九万三八九〇円

右金額は、原告の期限後申告額と同額である。

2 原告の納付すべき税額 一億九三一八万〇一〇〇円

右金額は、相続税法一五条、一六条、一七条、一九条の三第一項及び五五条の各規定に基づき、次のとおり算定したものである。

(一) 本件相続人らの課税価格の合計額(別表2Aの順号1の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 七億〇五八八万六〇〇〇円

右金額は、前記1記載の金額である。

(二) 遺産に係る基礎控除額(別表2Aの順号2の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 二八〇〇万円

右金額は、課税価格の合計額から控除すべき基礎控除額であり、相続税法一五条の規定に基づき、二〇〇〇万円と、四〇〇万円に本件相続人らの人数である二を乗じて算出した八〇〇万円との合計額である。

(三) 課税遺産総額(別表2Aの順号3の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 六億七七八八万六〇〇〇円

右金額は、右の(一)の金額から右の(二)の金額を控除した金額である。

(四) 法定相続分に応ずる取得金額(別表2Aの順号5の金額)

(1) 原告分(法定相続分二分の一) 三億三八九四万三〇〇〇円

(2) 玉枝分(法定相続分二分の一) 三億三八九四万三〇〇〇円

右各金額は、相続税法一六条の規定に基づき、本件相続人らが前記(三)の金額を法定相続分に応じて取得した場合の取得金額であり、右(三)の金額に法定相続人らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出したものである。

(五) 相続税の総額(別表2Aの順号6の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 三億八七〇二万〇二〇〇円

右金額は、右(四)の(1)及び(2)の各金額に相続税法一六条の規定を通用してそれぞれ算出した金額の合計額である。

(六) 原告の納付すべき相続税額(別表1Aの順号13及び別表2Aの順号7の「原告分」欄の金額) 一億九三一八万〇一〇〇円

右金額は、亀太郎の遺産について本件相続人らの間で遺産分割がされていないことから、相続税法五五条の規定を適用し、同法一七条の規定に基づき、右(五)の金額に原告の法定相続分二分の一を乗じて算出した金額から、原告が相続税法一九条の三第一項に規定する未成年者控除の適用対象者であるので、同条項の規定に基づき算出した三三万円を控除した後の金額である。

(別紙)

本件課税処分の根拠(二)

1 本件相続人らの課税価格の合計額(別表1Bの順号12の「本件相続人らの合計額欄の金額) 六億九八二八万円

右金額は、次の(一)記載の金額から、次の(二)記載の金額を控除した後の金額(ただし、通則法一一八条一項の規定により、本件相続人ら別に課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の合計額)である。

(一) 相続により取得した財産の価額(別表1Bの順号6の「本件相続人らの合計額欄の金額) 七億〇〇〇八万九五一九円

右金額は、本件相続人らが相続により取得した財産の総額であり、その内訳は次のとおりである。

(1) 土地及び土地の上に存する権利の価額(別表1Bの順号1の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 七八四九万五八六四円

右金額の内訳は別表3Bのとおりであり、このうち同表の順号1ないし3の金額は原告の期限後申告額と同額であり、順号4ないし8の金額の明細は、別表6Bのとおりである。

(2) 有価証券の価額(別表1Bの順号3の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 一九八万九〇〇〇円

右金額は、亀太郎が川崎農協に出資した出資金の価額であり、原告の期限後申告額と同額である。

(3) 預金の額(別表1Bの順号4の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 四五七六万八六七八円

右金額の内訳は別表4のとおりであり、このうち同表の順号1の金額は原告の期限後申告額と同額である。

(4) その他の財産の価額(別表1Bの順号4の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 五億七三八三万五九七七円

右金額の内訳は別表5のとおりである。

(二) 控除すべき債務の額(別表1Bの順号10の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 一八〇万七七八〇円

右金額は、相続税法一三条の規定に基づき、本件相続人らが相続により取得した財産の価額の合計額から控除すべき債務の合計額であり、その内訳は次のとおりである。

(1) 未納公租高価(別表1Bの順号8の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 二一万三八九〇円

右金額は、亀太郎が川崎市中原区役所に支払うべき固定資産税額である。

(2) 葬式費用(別表1Bの順号9の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 一五九万三八九〇円

右金額は、原告の期限後申告額と同額である。

2 原告の納付すべき税額 一億九〇五一万八〇〇〇円

右金額は、相続税法一五条、一六条、一七条、一九条の三第一項及び五五条の各規定に基づき、次のとおり算定したものである。

(一) 本件相続人らの課税価格の合計額(別表2Bの順号1の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 六億九八二八万円

右金額は、前記1記載の金額である。

(二) 遺産に係る基礎控除額(別表2Bの順号2の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 二八〇〇万円

右金額は、課税価格の合計額から控除すべき基礎控除額であり、相続税法一五条の規定に基づき、二〇〇〇万円と、四〇〇万円に本件相続人らの人数である二を乗じて算出した八〇〇万円との合計額である。

(三) 課税遺産総額(別表2Bの順号3の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 六億七〇二八万円

右金額は、右の(一)の金額から右の(二)の金額を控除した金額である。

(四) 法定相続分に応ずる取得金額(別表2Bの順号5の金額)

(1) 原告分(法定相続分二分の一) 三億三五一四万円

(2) 玉枝分(法定相続分二分の一) 三億三五一四万円

右各金額は、相続税法一六条の規定に基づき、本件相続人らが前記(三)の金額を法定相続分に応じて取得した場合の取得金額であり、右(三)の金額に法定相続人らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出したものである。

(五) 相続税の総額(別表2Bの順号6の「本件相続人らの合計額」欄の金額) 三億八一六九万六〇〇〇円

右金額は、右(四)の(1)及び(2)の各金額に相続税法一六条の規定を通用してそれぞれ算出した金額の合計額である。

(六) 原告の納付すべき相続税額(別表1Bの順号15及び別表2Bの順号9の「原告分」欄の金額) 一億九〇五一万八〇〇〇円

右金額は、亀太郎の遺産について本件相続人らの間で遺産分割がされていないことから、相続税法五五条の規定を適用し、同法一七条の規定に基づき、右(五)の金額に原告の法定相続分二分の一を乗じて算出した金額から、原告が相続税法一九条の三第一項に規定する未成年者控除の適用対象者であるので、同条項の規定に基づき算出した三三万円を控除した後の金額である。

別表1A 課税価格等の計算明細表

<省略>

別表1B 課税価格等の計算明細表

<省略>

別表2A 税額算出表

<省略>

別表2B 税額算出表

<省略>

別表3A 土地の価額の明細表

<省略>

別表3B 土地の価額の明細表

<省略>

別表4 預金の明細表

<省略>

別表5 その他の財産価額の明細表

<省略>

別表6A 別表3Aの順号4ないし7の土地の価額の評価明細表

<省略>

別表6B 別表3Bの順号4ないし8の土地の価額の評価明細表

<省略>

別表(1) 影島商事の借入金残高の推移表

<省略>

別表<1> 昭和61年1月30日現在において影島商事が所有する不動産の一覧及びその所有の根拠

<省略>

別表<2> 不動産価額算定数

<省略>

別表<3> 不動産価額算定数

<省略>

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